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論文┃第2章 地方団体の自主課税権②

第2章 地方団体の自主課税権②

第2節 地方分権と租税原則

1.地方税原則総論

 今日、地方団体の課税自主権の活用による法定外税の創設や、東京都のいわゆる「銀行税」(平成15年1月30日控訴審終了後、10月2日和解成立)、さらには法人事業税の外形標準化問題に見られるように、地方団体における基本的な自主財源の調達手段である地方税の立法問題が大きく注目されている。

国税であろうと地方税であろうと、租税には一般的に考慮されるべき原則がある。その一般原則とは、「公平性、中立性、簡素性」である。第一の公平性とは、経済的に等しい状態にあれば等しい税を負担し(水平的公平)、経済的に異なる状態にあれば異なる税を負担する(垂直的公平)原則である 。

 地方税の立法においても、地方税条例主義がその立法原則として重要であることについては、憲法および地方自治法並びに地方税法上、その解釈は別にして明確である。総務省は、地方税原則の中心として①税収の十分性と普遍性、②税収の安定性、③税収の伸張性、④税収の伸縮性、⑤負担分任性、⑥応益性、の6つを掲げている 。また、マスグレイブによれば、①安定性、②定着性、③普遍性、④応益性、であり 、シャウプ勧告によれば、①簡素性、②十分性、③地域帰着性、④独立税主義、⑤自主性、であった。

 この様に、地方税原則はその時代背景とともに様々な形態を呈している。政府税制調査会では、地方分権の下においては「負担分任性」「応益性」を有する税制が望ましいとし、地方の歳出規模と地方税収入の乖離を縮小するという観点に立ち、地方税財源の充実確保のためには税源の偏在性が少なく、税収の安定性を備えた地方税体系が必要であるとし、また課税自主権を活用するという「自主性」についても示している。「自主性」については既に制度として担保されつつあるため、地方税原則として特に「応益性」、「負担分任性」、「安定性」を重視するということになる。

 地方税原則に関しては、定説はないとされながらも、「地方分権という視点から地方税のあり方を考える場合、普遍性と安定性、応益性といった基準を満たしながら地方税源の拡充が図られねばならない 。」という意見がある一方、「公平」については、負担公平原則や租税平等原則という形で一般に承認されている が、租税立法においてそもそも法的に基本原則といえるのか、それともその指導目標に過ぎないのかという問題もある。法定外税導入に際しての「受益と負担の明確化」や、法人事業税の外形標準課税導入における「赤字企業に対する応分の負担」等の観点から、「応益性」を重視した地方税体系を強調されるが、以下、その応益性について検討する。

2.租税立法と応益負担原則

 租税原則として、負担の公平性を挙げることには異論のないところである。しかし、負担の公平性を、負担能力に応じて税負担するという応能原則と、利益に応じて税負担するという応益原則のいずれを地方税原則とすべきかについての論争は、「神学論争に近い 」とされる。そこで、地方分権の下ではいずれを重視すべきかが問題となるが、一般的には受益者が行政サービスに応じて負担するという考え方の応益原則が強調され、国税と地方税を比較する文脈の中で、地方自治法第10条2項に規定する負担分任原則とそれほど厳格な区別なく用いられている 。しかし、これらの原則の法的根拠は明らかではない。これらの原則なるものは、憲法第14条にいう応能負担の原則または公平性の原則とどのような関係に立つのであろうか。

 地方交付税の目的の一つである、すべての地域における一定の行政サービスを提供できるような財源保証メカニズムに代表されるように、住民が過重な負担をしなくてもナショナル・ミニマムを達成できるような財源保障を担うのは国であって、地方ではないとも考えられる。応益課税の考え方により、住民の負担を優先し、行政の内容や負担能力に関係なく地域住民の負担の責任を強調することは、そもそも公平性の原則に背くことにもなりかねない。

岡田は、応益負担の原則が地方税について成り立つための要件 として、①租税に対応する利益が算定可能であること、②課税標準が移動しないこと、③各地方団体がサービスの提供と税負担について競争関係にあること、の3点を挙げている。なぜなら、負担の程度を確定するためにはサービスから得られる利益の程度を確定する必要があり、このサービスと負担とは一定の地域内で自己完結的に循環する必要があり、さらに、サービスに対する負担が適正かどうかは他団体との比較によって計測されるからである。

一方、各判例から、例えば、「銀行税」の争点である地方税法第72条の19の解釈において、財政学的な意味においては民主国家における租税には多かれ少なかれ、公共サービスの対価という要素があるため、応益負担という縛りだけでは、条例さえ制定すれば、事業の情況に応じ、どのような課税標準を採ることも可能となり、不公平な課税が可能になってしまう。本判決における租税の性格として、「一般的に租税は、そもそも国民の資力ないし能力に応じて課されるものであり、公共サービスの対価としての性質を有しないものと考えられているということができるのであって、その意味において、具体的な租税法令を解釈するに当たっては、特別な規定がない限りは、上記租税の基本的性格にしたがって、応能原則により課税されているものと解すべきである」と結論を導き出している。

また、「地方分権推進計画は、『法定外目的税については、住民の利益と負担の関係が明確となる』としており、導入の経緯からもこのことは強調されているが、しかし、実体法レベルで住民の利益と負担の関係が明確に要求されていることを推測させる規定は存在しない 」との指摘もあり、福岡地裁昭和60・3・28判決によれば、「租税は、国又は地方公共団体の経費が必要であることを理由として、特別の給付に対する反対給付としてではなく法律の定める課税要件に該当する総ての者に対し、負担能力についての一般的基準により、賦課するものである 」とも指摘している。

現行地方課税では、固定資産税や都市計画税等の一部の目的税を除き、公共サービスの受益を直接測定し課税をするのではなく、受益を代表しうる客観的に把握できる指標を基準として負担を定めようとしているのが基本的なスタイルとなっている。このような理解にしたがって、主要な地方税では所得、資産等を課税標準としていると考えられる。したがって、応益負担の原則は、地方住民に対し無差別な負担の強要となり、課税の公平の確保と課税自主権の保障とを一貫させるためには、地方税の立法過程においてあくまで精神論として留め、上記判例に従い、課税標準は原則として負担能力を考慮すべきであると考える。

3.地方分権下における租税原則

 地方分権の推進のために、道府県の財政安定化を目的として応益課税の必要性が説かれているが、租税負担は公平でなければならない。また、この場合、安定性の原則についても考慮せねばならない。ここに安定性の原則とは、税収が毎年安定的に確保され、年度間の変動が少なくなければならないとする原則である。地方団体の財政支出は、住民の日常生活に密着したものであり、年度間において増減できる範囲は著しく狭い。そこで、恒常的に支出される歳出を賄う財源としての地方税収入も年度間の変動が少ないことが望ましいとしてこの原則が掲げられるのである。例えば、前田によれば、「近年、地域間の格差が広がり、現行の地方税では住民ニーズの拡大に対応できるだけの十分な税収を得られない地方団体が多い。とりわけ、景気の影響を受けやすい所得課税のウェイトが高いため地方税収入の減少が見られるが、住民生活と密接に関係する地方公共サービスは景気に関係なく安定した供給が行われなければならず、その意味で、安定性を高めることが求められる 」と指摘している。

現在、地方財政は重大な局面にあるが、今後の解決策は、地方分権推進委員会がいうように国と地方の収支のアンバランスを是正し、「地方税については基本的に、その地方における歳出規模と地方税収との乖離をできるだけ縮小するという観点に立って、課税自主権を尊重しつつ、その充実を図る 」べきことに求めざるを得ないであろう。地方税原則の一つとされてきた応益原則は、地方税の課税の根拠として基本的には地方自治の理念論、精神論に留められるべきであって、地方税の立法における指導的法原則とするには問題あることについては既に述べた通りである。

地方行政のサービスの性質論から見て、地方行政サービスの多くが対人社会サービスであり、基準的な行政需要を満たすものである限り、これを支える地方税においても基本的には応能負担の原則を採っても差し支えないと思われる。そして、この需要を超える受益について、当該受益と負担との対応関係がある程度明確に説明できる場合に限り、法定外目的税や都市計画税のような応益負担原則に基づく税目を設定すればよいと考える。

※12 山下耕治「地方分権に対応した地方税のあり方」『郵政研究所月報』14巻11号,2001年,79頁.
※13 自治省税務局編『地方税制の現状とその運営の実態』地方財務協会,1997年,3-4頁.
※14 この他、アダム・スミスは、①公平、②明確、③便宜、④徴税費最小、の4原則を、ワグナーは、①十分性、②可動性、③税源選択、④税種選択、⑤普遍性、⑥公平、⑦明確、⑧便宜、⑨徴税費最小、の9原則をそれぞれ掲げている。
※15 前田高志「地方税における所得・資産・消費課税」,橋本徹編『地方税の理論と課題』税務経理協会,1995年,53-71頁.
※16 金子・前掲注10,88頁以下.
※17 橋本徹「地方税の理論と課題」,橋本徹編『地方税の理論と課題』税務経理協会,1995年,1-13頁.
※18 田中治「住民税の法的課題」,日税研論集『地方税の法的課題』46巻,2001年,104頁.
※19 岡田正則「税条例と地方税法」,日税研論集『地方税の法的課題』46巻,2001年,11頁参照.
いずれの前提も、検証の結果、実現の可能性は無いとされている。
※20 占部裕典「法定外普通税と法定外目的税」『税』57巻2号,2002年,92頁.
※21 福岡地裁昭和60・3・28 『判例タイムズ』268頁.
※22 前田・前掲注15,70頁.
※23 「地方分権推進計画・第四」『自治研究』74巻10号,2000年,143頁.
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